【病気が顔を変える】
病気がその顔や姿を変える。そんなことがあるのですね。
犯罪が、歴史や社会とともに、その様相を変える。ということは、よく知られていますね。
昔の日本では、せいぜい空き巣だったのが、今では、強盗になる、というように。
これは、風俗の問題ですから、比較的当然という気がします。
でも、疾患もその様相を変えるのです。
ここは、大腸肛門病スペシャルというサイトではあるのですが、胃がんの話からはじめますね。
胃がんは日本でもっともよくある病気です。少し前まで、男女とも日本人の死因の一番だったのではなかったでしょうか。(注:これを書いている時点で、統計を詳しく見ていません。)
ですから、日本では、胃がんの診断である、胃十二指腸レントゲン造影検査がもっとも発達した国で、二重造影法が開発されたのでしたね。
また、胃内視鏡が開発され、また、もっとも広まった国でもありましたね。胃がん検診に胃内視鏡検査が取り入れられている、ほとんど唯一の国ではないでしょうか。(注:これを書いている時点で、統計を詳しく見ていません。)
余談ですが、私が、イギリスの病院にいた当時は、イギリスでは、胃内視鏡検査ができるところはほんとに限られた施設だけでした。それもそのはずです。日本では掃いて捨てるほどいる胃がんの患者が(まことに失礼)、イギリスやアメリカでは、とても珍しい病気なのですから。
これは、ところ変われば病気も変わる、ということで、ある意味では当たり前のことですかね。
ところが、実は、現在、胃がんがとても珍しい病気になったアメリカでも、第2時世界大戦の前までは、胃がんは、とても多かったのです。そして、戦後、急激に胃がんは減少し、今では、とても珍しい病気になった。
このことは、私は、学生時代に講義で習いました。
そのときの講師の説明では、「アメリカでは、冷蔵庫の普及とともに胃がんが減ったのだぞ、肉を塩漬けにして保存していた時代から、冷蔵庫で保存できるようになった時代への変化で、胃がんは減っていった。だから、日本でも減塩運動をしなければならない。日本で、塩を多く取る東北地方で胃がんが多いからね。」
確かに、世界的に見て胃がんの多い日本とチリ国は、ともに、魚を塩漬けにして食べる国。太平洋を挟んだこの二国は、きっと、塩分摂取が並外れて多いのだろう、などと、学生時代の私は、想像していたのでした。
ところが、このごろ、日本の胃がんにも異変が起きているのを感じるのです。
私が、外科医になった20年前は、胃がんの治療法は、手術しかありませんでした。ですから、内科で見つかった胃がんは、すべて、外科に回ってきたのです。つまり、あの頃の私は、見つかったすべてのタイプの胃がんを見ていたはずです。
ここ5年ほど、私の目には、胃がんが顔を変えたと思えるのです。
現在、私の病院で見つかる胃がんの半分以上は、実は、胃内視鏡で切除できてしまっているのです。もちろん、何でもかんでも胃内視鏡で取っているわけではありません。内視鏡でとっても再発しない程度の、ごく早期の癌、つまり、浅い癌、平たい言葉で言えば、根を生やしていない癌だけを内視鏡でとっているのですが、それが、発見された癌の半数を占めるのです。大きな癌でも、浸潤傾向が弱いのです。昔は、こんな癌は珍しかったと記憶します。
同じ大きさでも、昔の胃がんは、浸潤傾向が強く、あのころ、内視鏡でとる技術があったとしても、とる適応にならなかった癌ばかりでした。ところが、内視鏡でとる技術が発達すると、それでとられるべき癌が増えてきたというように、癌の顔が変わってきたのです。
まるで、人間がとる技術を開発すると、それを待っていたように、癌が姿を変えてくれたように。
これは、私一人の思い込みかと思って、大学を退官した名誉教授で臨床病理学の大家に、駅のプラットホームでご一緒したときに、質問したことがあります。
「胃がんが変わってきているのでしょうか。」
すると、病理学の大家は、
「そう、胃がんが、おとなしくなっているようです。以前、胃がんは直径2cmを越えると浸潤していると考えろと若い医者に指導して、間違いがなかったが、今では、直径2cmでも浸潤していない癌が多く、昔の基準が使えなくなっているのです。おそらく、胃がんが、おとなしくなったのですね。」
「そんなに短期間に、病気の特徴が変わるのでしょうか。(そんなに短期間に病気が変わっては、病気の特徴を勉強するということにどのような意味があるのだろう。)病気とか、人間とか、民族とか、私は、簡単には変わらないものと思うのですが。」
「いや、確かに、病気は顔を変えています。それは、衛生環境がよくなり、ピロリ菌の感染頻度や、程度が変わっているが原因かもしれません。たとえば、子宮頚癌は、ここ10年で、発症年齢が10年若返り、現在では、20歳からの検診が奨励されていますからね。それは、日本人の文化が変化したせいでしょう。」
「子宮頚癌は、パピローマウイルスが原因ですよね。ですから、感染様式が変われば、もちろん、病気が変わるのはわかりますが、胃がんも、それほどに、感染が関係しているということでしょうか。」
「そうかもしれませんね。」
「では、直腸がんは、昔から、実数は変化がありません。しかし、それ以外の大腸がん、つまり、結腸癌は日本では増えて、欧米では、減少しています。これも、感染が関係しているのでしょうか。」
新幹線がホームに入ってきて、そこで丁重に礼をいい、分かれました。
正統的な医学では、大腸がんが感染によると考える根拠は、現在、ない。
【the web 大腸・肛門・骨盤底疾患スペシャル】