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  ここは「大腸・肛門、そして骨盤底の疾患」に特化した、ウェブ情報サイトです。大学病院でのスモールレクチャーに基づいて作られました。
  スモールレクチャーとは、学生や研修医に対してベッドサイドやカンファレンス室で行われる、臨床に即した小規模の講義で、自由な雰囲気で行われるものです。

大腸・肛門・骨盤底疾患スペシャル50

【診療の秘訣 ブラッドパッチEMR

 

大腸内視鏡検査で大腸のポリープを切除する場合、スネア・ポリペクトミーという方法がとられます。これは、キノコのようなポリープの場合に出来る方法です。

一方、腫瘍が大腸の壁にへばりつくような、広基性あるいは平坦型と呼ばれるような形の場合には、その粘膜下層に生理食塩水を注入することによって病変部粘膜を挙上させ、一種の隆起型腫瘍に似せてスネア・ポリペクトミーをする、いわゆるEMRendoscopic mucosal resection、内視鏡的粘膜切除術〕という方法が広く行なわれています。この方法は、スネアで電気凝固・絞やく切開するとき、粘膜下層に注入した生理食塩水が、一種のクッションの役割をして、それ以下の固有筋層と漿膜に電気熱障害が及ばないように働き、安全性も増すという利点もあります。

しかし、粘膜下層に注入された生理食塩水は急速に吸収されて、隆起はすぐにへこみ、平らに戻ってしまうのですね。まごまごしていてEMRができない人をよく見かけますよ。だれでも初級者のころは、このような経験をすることが多いし、上級者になっても結構あるのですね。大腸の中は、蠕動運動で動いていて、その蠕動がとまるのを待っている間に、ベストチャンスを逃すということがどうしてもあるのです。

その改善のために、高張食塩水や高張ブドウ糖液という浸透圧の高い液体が使用されることがあります。でも、浸透圧が高いということは、組織に障害性があるということなのですね。また、ヒアルロンサン液を注入することもあります。これもいい方法なのですが、しかし、これは高価なものなので日常の臨床で使うわけにはいきません。お金に糸目をつけない、バブルのことの医療ならいざ知らず、医療経済学的な感覚を身に着けなければいけない、これからの日本で診療をしていく君たちには、考えてもらわなければならないところですね。

そこで、私の開発した方法をお話しましょう。わたしは、患者自身の血液を粘膜下層に注入して粘膜を挙上させてEMRする、「ブラッドパッチEMR」という方法を開発しました。何度か医学雑誌で書いたり、新聞で取り上げられたりしましたから、知っている人もいるかもしれませんね。

まず、自己血液は、材料費が無料です。当たり前ですね。

次に、安全性に問題がありません。自分の血液ですから、それが、組織に漏れてもいわゆる内出血と同じことで、経験的に安全であることはわかっていますね。

さらに、大腸の粘膜下への注入により、長時間、粘膜の隆起を保ちます。どのくらい長時間化というと、想像してください。怪我をして、出血して腫れた場合、どのくらいで腫れが引けますか。とても長い時間ですね。大腸内視鏡の検査時間から考えれば、永遠に長いともいえます。

普通の穿刺針用いて穿刺しまず。23Gという太さのものを使っています。特別なものではありません。1症例に何回か使う場合には、生理食塩水で穿刺針内を通水しておけば、穿刺針内の凝血の問題もなく、何回でも使えます。血液が腸管腔内にこぼれても水で簡単に洗浄でき視野の確保の点でも負担がありません。この辺のことはよく、学会で質問されるのです。経験のない型は、この辺が不安なのでしょうね。

隆起した粘膜は、通常の高周波スネアで容易にEMRすることが可能です。それによって粘膜下層の血液は電気凝固されて、その凝血塊はEMRで切除された粘膜欠損部を覆います。それは、あたかも凝血塊が粘膜欠損部を出血や穿孔から守るように見えるのです。それに由来して、ブラッドパッチ(血液パッチ)EMRと命名しました。

現在までに、わたしは、この方法を日常の診療で用いていますが、合併症(早期および晩期の出血と穿孔)の経験は1例もありません。

また、この「ブラッドパッチEMR」は、単に粘膜の隆起時間を長時間化させる利点だけでないのですね。

「凝固血液の可塑性」を利用することにより、新たな発展型のEMRが可能だったのです。

直腸というのは大腸の中でも、粘膜下注入をしてもなかなか十分な粘膜隆起が得られにくい場所ですが、その直腸の場合などに、新たな発展型のEMRが可能だったのです。

自己血液を十分量粘膜下に注入した後、先端フードを用いた内視鏡で病変を含む粘膜をフード内に吸引します。その後、吸引を中止し、フード内から病変を含む粘膜をはずすと、病変の含む粘膜領域は、凝固血液の可塑性のため、あたかもプリンやゼリーが型を取られたように盛り上がったままになるのですね。これは、面白いことですよ。送気して管腔を拡張させても、その盛り上がりは崩れません。持続します。管腔内に十分なワーキングスペースを作ることが可能なのです。型どられて盛り上がった粘膜は、従来のスネアリングテクニックにて、病変を確認しながらEMRできます。これは、とても大きなアドバンテージですね。

これは、「ブラッドプディングEMR(血液プリンEMR)」と呼んでいる方法で、粘膜隆起が上手く得られにくい直腸が良い適応です。また、注入する自己血液の量と先端フードの大きさの工夫で、大きな腫瘍を簡単にEMRできる将来性のある方法でもあるのです。

以上のように、粘膜下層に血液を注入する、ブラッドパッチEMRは、他のEMRに較べて、多くの利点がある方法です。

このように、日常の臨床で大腸内視鏡の治療をより安全なものとするには、小さな工夫の積み重ねが大切なのです。

【the web 大腸・肛門・骨盤底疾患スペシャル】


  大腸・肛門・骨盤底疾患スペシャルの目次
001 このフェブサイトについて
002  なぜ、大腸・肛門・骨盤底の疾患に特化したホームページを作ろうとしたのか?
003  大腸ポリーがありますよ、といわれたら
004  大腸がんの話
005  22歳女性の肛門癌
006  大腸癌の危険率、そして、検診の確認の甘い罠
007  直腸カルチノイド
008  直腸カルチノイドの怪
009  潰瘍性大腸炎と大腸癌
009-2  潰瘍性大腸炎に大腸がんができやすいの?本当なの?
 010  クローン病
 010-2  大腸クローン病
 011  虚血性腸炎
 011-1  虚血性腸炎
 012  薬剤性腸炎=出血性腸炎
 013  抗生物質による偽膜性腸炎
 014   しばらく、感染性腸炎の話をします。
 015  O157腸炎 (O157大腸炎)
 016 トラベラーズ腸炎
 017  ノロウイルス腸炎
 017-2  胃は吐くために進化した臓器である
 018  MRSA腸炎
 019  骨盤炎 ダグラス窩膿瘍
 020  放射線性腸炎
 021  恐るべし、放射線治療後の膀胱
 022  閉塞性大腸炎
 023  腸閉塞と例え話あるいは、例え話の閉塞状況
 024  急性虫垂炎の24歳の女性
025   シマウマのような12歳の少女の虫垂炎
 026  卵巣がんのダグラス氏窩転移
 027  過敏性大腸症
 028  偽性腸閉塞症
 029  慢性便秘
 029-2 便秘ですか
 029-3
 大腸は便秘するためにある。
 030  巨大結腸症とS状結腸過長症
 031  肛門病スペシャル
 032
 肛門病スペシャルの名にふさわしい、ザ裂肛
 033  内痔核 その対称性の乱れ
 034  痔と直腸癌
 035  内痔核の話を続けましょう。
 036  痔と直腸癌 痔という病気
 037
 直腸異物
 038  肛門管の話を続けましょう
 039  内痔核の分類  Goligher分類
 040  骨盤底筋群ということばが好きな理由
 041  陰部神経のドグマ
 042  陰部神経の新しい検査法の開発には理由がある
 043  陰部神経潜時測定で何がわかったのか
 044  肛門を評価する(1)マノメトリーという准基本検査の罠
 045 肛門を評価する(2)デフェコグラフィー
 Defecography 排便造影)について
 046 肛門の“8の字ダンス”
 047  ポリープをとってほしかった
 048  大腸ポリープに対する切除法 blood patch EMRという方法
 049
 別稿 大腸ポリープに対する安全な新しいポリペクトミー(EMR)の方法
 050  診療の秘訣 ブラッドパッチEMR
 051 打撃フォームを変えるにも等しいこと
 052  欠番
 053  消化器外科医の実力
 054  新聞や雑誌に載る「病院の実力」の意味するもの
 055  セカンドオピニオン ブルース
 056 セカンドオピニオン 異聞
 057  不信感という時代のキーワード
 058  そう説明してくれればわかります
 059  セカンドオピニオン異聞 裏の裏
 060  文系のための医学誌
 061  包茎は手術するべきか、受けるべきか。わたしの裏技手術
 062  太ることと大腸癌
 063 さいたま新開橋クリニック
 064   直腸癌は疫学的に異なるカテゴリーに属する
 065  大腸癌の原因は肉食???本当に本当なの?
 066  盲腸ポート
 067  最善を尽くしましょうと請け負っていた外科医が
 068  病気が顔を変える