【ポリープをとってほしかった】
こんなことがありました。
わたしに向かって、半ば怒りながら、妙齢のご婦人の患者さんがまくし立ててきた。大腸内視鏡検査の直前です。
「去年、大腸内視鏡検査をしたときに、ポリープが見つかったのに、とってくれなかったのですよ。今年は、絶対とってくださいね。」
(かなり、怒っているぞ。検査前から怒っているなんて、この方は、1年間、ずっと、おこっていたのだろうなぁ。学生諸君、このような患者さんを前にしたら、まず、よく、話を聞いてあげることです。[心の中で思ったが、周囲の学生に私の教育的な思いが通じているかなぁ。])
「去年、検査を担当した、太った先生は、「小さいポリープだから取る必要がない」といって取ってくれなかったのですよ。」
(太った内視鏡担当医?あいつかなぁ、それとも、あいつのことかなぁ。でも、太ったという形容詞は、ポリープを放置したことと関係ないし、言い過ぎなんじゃないかなぁ。)
「それなら、何のために、大腸内視鏡検査をしたのかわからないわ。早期発見が大事といても、小さいから取らなくていいなんていうのじゃ、論理矛盾があるのじゃありません?」
(たしかに、早期発見と、小さいから放置しておいてよい、ということの間には、一見、矛盾があるなぁ。)
「それに、検査もかなり痛かったですよ。検査前に、上手いから痛くないと言って自慢していたのに、本当は、もう2度と、この検査をやりたくないぐらい痛かったのですよ。」
(自分の自慢をしてから内視鏡をやる医者だったら、やっぱりあいつかなぁ。でも、あいつも同じこといいそうだしなぁ。)
「今回を限りに、この検査を終わりにしたいので絶対ポリープをとってくださいね。」
「わかりました。とにかく、まず、検査をして、どのようなポリープか、ヨーク見て、判断させてください。」という具合に、検査は、やっと開始されました。
程なく、大腸の終点、盲腸まで、大腸内視鏡は挿入され、帰り道に、S状結腸に、直径2m程度の、少し盛り上がったポリープを1個発見しました。卵巣腫瘍の手術をしているために、大腸内視鏡の挿入のはじめに、軽い痛みがあったが、そこを、丁寧に超えれば後は、大してむずかしくない症例でした。
「それが、去年のポリープです。見覚えがあります。」
「覚えているんですかぁ。どこにもありそうなポリープで、特徴がありませんよ。これが、去年のものか、あるいは、今年、新たに発見されたものかわかりませんよ。」(至極当然の、しかし、患者さんにとっては少し意地悪な意見を言ってみたのです。)
「いいえ、去年のポリープです。自信があります。」
(すごい自信だなぁ。)「見てください。このポリープは、直径2mmほどの小さなポリープです。やや盛り上がっていて、ここ10年ほど注目を浴びてきた平坦型の腫瘍ではなく、普通の、従来から、よく認識されていた、普通のポリープですよ。
「依然、ポリープの自然経過を調査したことがあるのですが、ポリープは、5mmぐらいまでは、すぐ大きくなりますが、そこからは、まるで、成長を止めたようになり、ほとんどのものは、大きさを変えません。それから、5mmよりも小さいものでは、まず、癌はありません。ですから、2mmの大きさのこのポリープを取らなかったのは、専門家から見れば、妥当な判断だったともいえますよ。」
「それは、腺腫なんでしょ。」(腺腫とは大腸の腺組織から発生する良性の腫瘍のことである)
「そのとおり、腺腫だと思われます。表面の模様が、棒状ですから。」
「腺腫から腺癌になるのではないのですか。」
「腺腫-腺癌シークエンスという理論ですね。よくご存知ですね。しかし、それは理論であって、、、」
「理論と現実は違うということですか」
「いや、理論は、現実を説明するツールであって、、、、(あれれ、うまく説明できなくなってきたぞ、内視鏡をやりながら、説明もするというのは、けっこう大変だ。この患者さんに負けそうー)」
「取ってほしいのです。」
「わかりました。取りましょう。取るのは簡単ですから。」
こんな小さなポリープを切除するのは、わけないことです。簡単、というやつです、専門家にとっては。
「でも、なぜ、去年の、太った先生は、取ってくれなかったのでしょうか。」
「たぶん、このポリープが、将来癌になるリスクと、ポリープを取ることによる不足の事態が起きるリスクとを両天秤にかけて、取らないことが患者さんの利益だと判断したのではないでしょうか。」(そうそう、ようやく、自分たちの主張が通ってきた。すこしだけ、ホッ。)
「でも、簡単なんでしょ。」
「簡単でもリスクはあります。これは、検査前に、文書で説明したとおりです。(これは、検査の説明書兼承諾書のことです。)」
「でも、そのリスクを承知で検査を受け、とってくださいと頼んでいるのに、取らなかったというのは、腑に落ちませんでした。」
(確かに、腑に落ちない。しかし、その太った医者のポリシーなのかもしれない。太った医者って、どっちの医者かなぁ。すこし興味があるなぁ。)
「ポリープを取った部位は、出血もしていなければ、穴も開いていません。見えますね。」「はい。」
「でも、これが去年のポリープだとよく確信できますね。」(すこし意地悪。しつこい?)
「だって、墨で黒く粘膜にマークが付いているじゃないですか。ポリープがわからなくならないようにマークをつけておきましょうね。といわれたのです。」
(たしかに、墨でマークが付いている。点墨。つまり、粘膜の刺青だ。こんなマークをつけてまで、見逃しを防ごうとするなら、とってしまえばいいのに、と私も思う。)
「このポリープが大きさも形も変わらなかったのはよくわかりました。でも、1年間心配だったのです。このポリープが良性のものだと言うことも100%は信じられなかったし、それをいった医者のことも100%は信じられなかったし。あの時、ポリープをとってさえおいてくれれば、信じる信じないなどということで悩まなくてよい1年だったのに。ねぇ。」
確かに、このポリープは、1年前に、とられるべきだったのでしょう。
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