【陰部神経の新しい検査法の開発には理由がある】
今日は、陰部神経の検査法の話をしましょう。
「肛門機能性疾患に対する陰部神経検査にはpudendal nerve terminal motor latency(PNTML)とpudendal nerve complete motor latency(PNCML)があります。PNTMLは陰部神経の末梢部約4cmの機能を反映し、PNCMLは陰部神経全長の機能を反映しさらに骨盤底筋群の筋別に潜時を測定することが可能な検査です。それらは、肛門機能性疾患における病態生理を知る上でも、治療方針を決定する上でも有用です」
私は、昔、このような文章を教科書に書きました。
PNTMLとは、長い略語ですが、陰部神経末梢運動潜時と訳すのでしたっけ、まあ、PNTMLという長い略語で呼ばれることがほとんどなのですが、もちろん、日本では、ほとんど行われていない検査ですので、そういう理由で、この検査の名前を出して、議論することがないので、日本語訳は、あってないようなものですね。
このPNTMLは、英国のセントマークス病院で開発されたので、その筋電図装置は、セントマークス電極という商品名がついています。
まず、PNTMLの説明をします。教科書的な記載ではこうです。
「PNTMLとは、陰部神経が坐骨結節の内側を走行する部分で経直腸的に電気刺激してから外肛門括約筋が収縮を開始するまでの時間である。」
少し難しいですが、つまり、陰部神経の全長にわたって、神経伝道時間を測定するのではなく、陰部神経が坐骨結節の内側を走行する部分から筋肉までの伝道時間を測定しようとしたのが、この検査なのです。しかし、正確には、神経伝道に要する時間だけではなく、筋肉が収縮するのに要する時間も計っているので、それらを含めた時間という意味で、潜時という言葉になっていますが、その潜時を計る検査なのです。
で、どうやって計るかというと、陰部神経は、直腸の外側を走っています。ですから、直腸にひとさし指を入れて、その指の腹と、坐骨結節(というお知りの横に触れる骨)のあいだで、陰部神経を挟み込んで、そこで陰部神経を電気刺激して、そこから末梢の陰部神経神経が興奮し、伝道する時間を測定する、というのが原理です。そして、興奮した肛門括約筋の収縮は、肛門に挿入した人差し指の根元につけた表面電極によって、感受する。そして、刺激と収縮の時間差を潜時として記録するというものです。要するに、人差し指一本で、陰部神経の機能を測定できるのです。
このように検査の概要を言葉にすると、君たちには、どのように受け取られるかわかりませんが、私が、この検査法を知ったときは、ちょっとした知的驚き、というものでしたね。こんな風にして簡便に、陰部神経の機能を測定する方法を考え付く人がいるとは、なんて天才なんだと思いました。しかも、陰部神経の終末部だけの検査法を考え付くとは、驚きでしたね。
私の教科書の記載をつづけます。
「PNTML検査方法
市販されているSt. Mark’s electrode(図1 省略)を図2(省略)のように手袋に取り付ける。示指の先端に刺激用の表面電極がつき、示指の根元に筋収縮を感受する表面電極が位置するように取り付ける。患者を左側臥位とし、直腸診の要領で肛門内に電極を装着した右示指を挿入する。示指で坐骨結節付近を走行する陰部神経を触れ、経直腸壁的に電気刺激し、それによって収縮する外肛門括約筋の電位変化を記録する。刺激電圧は、最大波形が得られる電圧とする。左右とも測定する。
解説
この方法では、陰部神経の終末部、約4cmの運動神経の潜時を測定できる。正常値は2.0ミリ秒以下とされる。ここで注意しなければならないのは、繰り返しになるが、潜時とは、運動神経の伝道時間と神経筋終末における化学的な伝道時間の両者を合わせたものを測定しているわけであるが、PNTMLにおいては文献上でも本小論文でも、神経終末における化学的異常は想定せず、陰部神経の神経伝道速度の異常と等価と考えて評価している点である。」
最後の一文は、独自の研究者たらんとしていた私の、せめてものこの天才的な検査法に対する攻撃でした。というのも、みな、その点を無視して、あるいは、議論しないで、この検査法を使っていると思えたからです。
しかし、こんな、天才的な検査法を開発したのには、逆説的な理由があったのです。それは、自分がPNCMLを開発して初めて気がついたのですが。それは、陰部神経の中枢を簡単に刺激する検査法が、この検査を開発した当時は、なかったからです。意外に簡単な理由ですね。だから、こんな不思議な検査法を開発したのです。
一方、遅れてきた私は、陰部神経の中枢であるS3-5を磁気刺激して、陰部神経を刺激し、興奮収縮した肛門括約筋を一般的に筋電波形をとる針電極で感受する検査を開発しました。私の開発した方法のほうが、正攻法で、ある意味では何の面白みもない検査法なのですね。悔しいことに、天才的とは思われない方法です。
しかし、実は、私が開発したPNCMLも、このような通り一遍の理由で開発したのではなかったのですね。
セントマークス電極がそのころ日本で簡単に手に入らず(今でも一般には、購入できないかもしれませんね)、購入する経路もわからなかったので、結果として、自作のセントマークス電極を造ったのですが、上手く筋電図波形が取れなかったのです。そこで、泣く泣く、というのは、PNTMLはグローバルスタンダードな検査法ですから、そのデータでないと論文にはならないし、議論の場にも出られないからですが、筋電図波形がとれないのですから、仕方ありません。何とか、陰部神経の評価をしようとして、検査室に転がっていた、脳外科教室が所有していた磁気刺激機を拝借してS3−5を刺激し、これまた、検査室に常備してあった針電極を拝借して、肛門横の皮膚から穿刺して肛門括約筋の筋電図を測定したのです。そのうちに、針電極が抜けかけて、その深さが変わると、データが替わることに気づき、そして一定の傾向があることに気づき、結局、PNCMLと名づけた、陰部神経の全長にわたって、さらに、それぞれの括約筋別に、機能障害を検査する検査法、言ってみれば詳細な陰部神経全運動潜時を測定する検査法を開発するにいたったのです。
要するに、セントマークス電極で陰部神経の検査が出来ないために、別の方法を探し出したというわけです。後でわかったことですが、セントマークス電極で筋電図が得られなかったのは、単に、アースのつけ方の問題であることが判明しました。論文に載っていた設計図と、実際の作品で計測することとの間には、いくつもの隔たりがあることをいまさらのように知らされました。
サマリー
私が、研究を開始するころには、磁気刺激で、簡単に体の外から、神経を刺激することができるようになっていたのは前に述べたとおりですが、おそらく、英国でPNTMLが開発されたときに、その磁気刺激法が簡単に使えれのであれば、このPNTML検査法は開発されなかったのではないかと思います。普通の人が考えれば私の検査法しか思いつかないはずで。ですから、私は、天才的な検査法だと驚いたのでした。
しかし、私が陰部神経の検査をしようとしたときには、陰部神経を検査するのに、PNTMLしか、ありませんでした。ですから、この検査法を受け入れて、この検査法で、陰部神経の障害の評価をしようと努力しました。こういうことはよくあることですね。
でも、自作の電極では測定することができなかったのです。それは、理論は簡単ですが、実際の製作には、いくつかの工夫が必要だったからで、そのときには気づきませんでした。その結果、違う検査法を開発しなければならなかった。そして、違う検査法ができれば、違う、新たな事実の解明につながる。そのようなものです。
この検査法によって、いくつかの新しい事実が解明されましたが、その話は、また、別の章でお話しすることにしましょう。
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