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  ここは「大腸・肛門、そして骨盤底の疾患」に特化した、ウェブ情報サイトです。大学病院でのスモールレクチャーに基づいて作られました。
  スモールレクチャーとは、学生や研修医に対してベッドサイドやカンファレンス室で行われる、臨床に即した小規模の講義で、自由な雰囲気で行われるものです。

大腸・肛門・骨盤底疾患スペシャル41

【陰部神経のドグマ】

陰部神経について、話をしましょう。

陰部神経は、pudendal nerve です。

しかし、これでは、陰部神経の説明をしたことになりませんね。

ただ、英語に言い換えただけです。

もっとも、世の中の説明には、意外と、こういうのが多いのですね。ただ、言い換えているだけ、ということが。

もちろん、ヴィトゲンシュタイン流にいえば、それが、言語の限界なのかもしれませんし、言語の正確さの保障内なのかもしれませんが、とにかく、普通に考えれば、何の意味もない言い換えに過ぎませんね。

でも、言い換えとはいっても、世界を牛耳っている言葉への言い換えですと、不思議と、それで説明されたような気になってしまうのは、これは、時代を超えた魔術のようなものなのかもしれませんね。気をつけないといけません。

陰部神経とは、実は、いわゆる「陰部神経」なのです。

少し、このままで、説明を進めさせていただきますが、いわゆる「陰部神経」は、S2−4をその中枢として発し、恥骨直腸筋および外肛門括約筋等の骨盤底筋群を支配する神経のことなのです。で、これは、骨盤底筋群を支配する神経というわけで、骨盤底に関する疾患にとって最重要な神経なのですが、実は、解剖学書を紐解くと、こんな陰部神経というのは、存在しないのですね。

わたしも、陰部神経の専門家になり初めには、困りました。陰部神経という名前で、この神経を研究し始めたのに、解剖学書では、自分がイメージするような陰部神経がないのですから。

でも、実は、このようなことは、時々あるのですね。

余談ですが、肝臓移植を研究していた人たちが、かつて、肝血流の研究をするときに利用する動脈で臍動脈と呼んで研究していたものが、実は、解剖学的には、少し異なる名前であって、その研究者が肝臓移植の専門家ではない人の中でその実験の説明をしたときに、他の偉い人たちから、「そんな名前の動脈は存在しない」と、批判されたり、とか、結構、あることなのですね。

話を戻して、この、いわゆる陰部神経の枝が分枝・融合しながら、アルコック管を貫き、個人差をもってアルコック管のさまざまなレベルで枝分かれし、坐骨直腸窩に至り、坐骨結節の内側を走行し外肛門括約筋にいたる、という具合に、走行していくのですが、そして、その神経を陰部神経とよびたいのですが、そして、実際、日本でも英文世界でも、そう呼んでいるのですが、実は、それ全体を陰部神経とは解剖学的にはいわないのですね。特に、外科の世界で、外肛門括約筋へいたる直接の神経を陰部神経と呼びたいのですが、それは、正確には、別の名前になっているのです。

でも、肛門括約筋を研究している立場としては、まず、末梢の肛門括約筋ありきで、そこに至る神経を全部陰部神経と呼んで、議論しないことには、議論しにくいのですね。そこで、なんとなく、細かな定義を知らない振りして、陰部神経と総称してしまっているのですが、将来、解剖学用語にのっとって、いつの間にか、自分たちが、最重要視しているものが、名前が消えて、悲しい思いや、それ以前の研究の積み重ねが、無視される時代が来るかもしれませんね。でも、陰部神経pudendal nerveという名前に、愛着もあるのです。それゆえに、解剖学的名称と少しずれているのですが、愛着を持つことがいけないのか、あるいは、最初に、臨床家でそう呼んだ人がただただ誤っただけなのか知りませんが、立場立場で、理に合わないことはあるのですね。

そして大事なことをひとつ。

骨盤底筋群は陰部神経に支配されているということは言葉としては正しいのです。なぜなら、私たちは、骨盤底筋群を支配するものを陰部神経と呼んでいるのですから。でも、肛門挙筋や恥骨直腸筋は骨盤底の腹腔側からも神経支配されているといわれていて、私たちが陰部神経と呼んでいる神経とはまた、別の枝なのですね。ですが、解剖学的には無視して呼ぶ「陰部神経」が肛門括約筋を支配するという、ドグマができてしまっているので、別の神経ルートで、肛門括約筋の一種の肛門挙筋や恥骨直腸筋が支配されているという論文は、どうしても、そして、なんとなく、無視されているのが現状で、そのような事実を知らない肛門外科医や大腸外科医が多いのではないかと思うのですが、知らないと思っているのは、私だけなのでしょうか。

なんだか、奥歯に物の挟まったような論旨の展開になんてしまいましたが、このようなことというのは、往々にしてあり、真実を見るためには、承知しておかなくてはいけないことなのですね。

【the web 大腸・肛門・骨盤底疾患スペシャル】


  大腸・肛門・骨盤底疾患スペシャルの目次
001 このフェブサイトについて
002  なぜ、大腸・肛門・骨盤底の疾患に特化したホームページを作ろうとしたのか?
003  大腸ポリーがありますよ、といわれたら
004  大腸がんの話
005  22歳女性の肛門癌
006  大腸癌の危険率、そして、検診の確認の甘い罠
007  直腸カルチノイド
008  直腸カルチノイドの怪
009  潰瘍性大腸炎と大腸癌
009-2  潰瘍性大腸炎に大腸がんができやすいの?本当なの?
 010  クローン病
 010-2  大腸クローン病
 011  虚血性腸炎
 011-1  虚血性腸炎
 012  薬剤性腸炎=出血性腸炎
 013  抗生物質による偽膜性腸炎
 014   しばらく、感染性腸炎の話をします。
 015  O157腸炎 (O157大腸炎)
 016 トラベラーズ腸炎
 017  ノロウイルス腸炎
 017-2  胃は吐くために進化した臓器である
 018  MRSA腸炎
 019  骨盤炎 ダグラス窩膿瘍
 020  放射線性腸炎
 021  恐るべし、放射線治療後の膀胱
 022  閉塞性大腸炎
 023  腸閉塞と例え話あるいは、例え話の閉塞状況
 024  急性虫垂炎の24歳の女性
025   シマウマのような12歳の少女の虫垂炎
 026  卵巣がんのダグラス氏窩転移
 027  過敏性大腸症
 028  偽性腸閉塞症
 029  慢性便秘
 029-2 便秘ですか
 029-3
 大腸は便秘するためにある。
 030  巨大結腸症とS状結腸過長症
 031  肛門病スペシャル
 032
 肛門病スペシャルの名にふさわしい、ザ裂肛
 033  内痔核 その対称性の乱れ
 034  痔と直腸癌
 035  内痔核の話を続けましょう。
 036  痔と直腸癌 痔という病気
 037
 直腸異物
 038  肛門管の話を続けましょう
 039  内痔核の分類  Goligher分類
 040  骨盤底筋群ということばが好きな理由
 041  陰部神経のドグマ
 042  陰部神経の新しい検査法の開発には理由がある
 043  陰部神経潜時測定で何がわかったのか
 044  肛門を評価する(1)マノメトリーという准基本検査の罠
 045 肛門を評価する(2)デフェコグラフィー
 Defecography 排便造影)について
 046 肛門の“8の字ダンス”
 047  ポリープをとってほしかった
 048  大腸ポリープに対する切除法 blood patch EMRという方法
 049
 別稿 大腸ポリープに対する安全な新しいポリペクトミー(EMR)の方法
 050  診療の秘訣 ブラッドパッチEMR
 051 打撃フォームを変えるにも等しいこと
 052  欠番
 053  消化器外科医の実力
 054  新聞や雑誌に載る「病院の実力」の意味するもの
 055  セカンドオピニオン ブルース
 056 セカンドオピニオン 異聞
 057  不信感という時代のキーワード
 058  そう説明してくれればわかります
 059  セカンドオピニオン異聞 裏の裏
 060  文系のための医学誌
 061  包茎は手術するべきか、受けるべきか。わたしの裏技手術
 062  太ることと大腸癌
 063 さいたま新開橋クリニック
 064   直腸癌は疫学的に異なるカテゴリーに属する
 065  大腸癌の原因は肉食???本当に本当なの?
 066  盲腸ポート
 067  最善を尽くしましょうと請け負っていた外科医が
 068  病気が顔を変える