【内痔核 その対称性の乱れ】
三大肛門疾患と呼ばれるものは、内痔核、裂肛、痔ろうです。そのうちの最も頻度の多いといわれる内痔核の話をしましょう。
内痔核は、直腸下端にある膨隆したものです。その主なものは静脈叢で、つまり、微小な血管の塊です。血管には血が流れてくる流入血管というものが必ずありますが、内痔核の場合、痔動脈と呼ばれるものが、それです。図を見てください。大動脈から下腸間膜動脈が分枝し、そのいく本かの枝を分枝しながらその本幹は上直腸動脈と呼ばれるものになります。そして、それが、直腸の粘膜下を走行する痔動脈と呼ばれる3本の血管になり、内痔核という静脈叢に流入するのです。
また、図を見てください。図は、下からお尻を覗き見たときのお尻を開いて観察した時の肛門の模式図です。もっとも外側の円が普段は閉じている肛門の外側の皮膚縁を示します。肛門を菊のご紋にたとえたときの中心に当たります。図の波線が肛門管の中ほどの、組織学的に直腸と肛門の境界線で歯並びのように波打っていますので、歯状線と呼ばれます。さらに中心の小さな円が、肛門の外側から観察したときの直腸の稜線です。すると、内痔核は、波線で表わされた歯状線と直腸の稜線の間にあることになります。わかりますか、ここまでは。内痔核は、一般的に3箇所あることになっていて、その存在部位は、肛門の図をアナログ時計に見立てれば、3時と7時と11時の3箇所にあるのです。
この知識は、内痔核を診察するときに、大きな武器となりますから、よく、覚えておいてください。医学書には、たいていここまでは書いてあります。しかし、この後のことを書いてくれている肛門科の著書はほとんどありません。
不思議だと思いませんか。人間のからだは、たいてい、左右対称です。でも、なぜ、内痔核は、左右対称になっていないのでしょう。
この疑問に答えてくれる肛門科の教科書はなかなか見当たりませんでした。調べてみたのですけれど。
肛門科の医者ならば、内痔核が基本的には3箇所あることを知らないはずがありません。知らなければ、にせ医者かもしれません。3時と7時と11時方向にあることも、知らなければ、肛門科の医者ではないでしょう。でも、貴方の主治医にそっと聞いてみてください。試される医者は、つらいでしょうね。「なぜ、左右対称ではないのですか」と。それに明快に答えられたら、さすが、その方は博学です。たいていは、答えられないかもしれません。「そうなっているんだから仕方ないだろ。」ですって?めんどくさそうに答えるお医者様、確かにそれはそれで正しいのですが、合理的な意味づけがほしいのですね、ものごとというものには。
わたしの知る解答を記します。
それは、単に、血管の解剖学的な走行によります。下腸間膜動脈が上直腸動脈に分岐するとき、左右の2本に分かれます。その後、その右の枝だけが、前後に枝分かれします。
ですから、肛門の左側には中央に1本の痔動脈が3時方向にあり、肛門の右側には枝分かれした2本の痔動脈が7時と11時の方向にあることになるのです。その結果、肛門の血液の流れは、左右対称性が崩れるというわけです。合理的な説明でしょ。
結果だけ見ると不思議な対称性の崩れですが、これで、なんとなく納得できるのですね。
でも、わたしが今までに内痔核の3時、7時、11時の存在部位の講義をしたときに、この対称性の崩れを不思議がって質問してきた学生は一人もいませんでした。そのことのほうが不思議だなぁと思います。学生は素人みたいなもの。医師が不思議に思わなくなったことも不思議に思える若さがあるはずではなかったのですか。
それとも、医学生は、解剖的な事実を事実として受け入れることに慣れていて、不思議だと思わなくなっているのでしょうか。
「でも、なぜ、右の枝だけ2本にわかれるのか?」ですって。その合理的な説明は、、、、また、別の機会にお話しすることにしましょう。
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