【急性虫垂炎の24歳の女性】
次章の大腸憩室炎とよく誤診される、有名な急性虫垂炎の話をしましょう。
虫垂とは、大腸の右端についている、ミミズのような形の腸の一種なのですね。そこが何故か炎症の場となり、腐ったり、孔があいたりするのです。それが、急性虫垂炎と言われるものです。
俗に、モウチョウ、と言われますが、盲腸とは虫垂がついている大腸の部位の名前です。そこの場所のほうが、聞こえがいいのか、盲腸炎といったり、モウチョウと言われたりしたのではないかと思います。正確に言えば、正しくない名称ですね。でも、通称ということでは、無視できない名前なのですね。正しくなくても、理解を得るためには大切なことってありますね。
具体的な患者さんの話をしたほうが、理解が進みますので、そうしますね。
24歳の女性が、右下腹部痛ということを主訴にわたしの下へ来ました。腹部を触診すると、右下腹部に限局した圧痛点を認めます。「限局した」というのが大切なのですね。たいてい、指1本でその圧痛点を指し示せるような『限局した』点です。ですから、私は、患者さんのおなかを触診する前に、患者さん自身に、指1本で痛いところが指し示せるかどうか、たずねます。すると、たいてい、「ここ、ここ」という具合に指し示せます。それが、右下腹部、McBurneyのポイントといわれるところであれば、かなりの確率で、それは虫垂炎です。
実は、この方は、わたしのところへ来る前に、3日間を要しているのですね。最初は、内科を受診したのです。内科では、検査なしで、胃腸炎という診断で、胃薬が処方されていました。勿論、誤診ですね。誤診した理由のひとつは、その内科の医師を受診したとき、本人の自覚症状が、上腹部痛だったからです。みぞおち(あるいは、みずおとし)が痛いといえば、胃炎と考えるのが、自然ですよね。(医師でなければ、ね)
では、このとき、本当に胃炎があったのでしょうか。
検査をしていないのですから、わかりませんよね。本当は。
でも、おそらく、胃炎はなかったのだと思いますよ。
なぜならば、急性虫垂炎の初期症状は、右下腹部痛ではなく、上腹部痛だからです。虫垂のあるところが痛むのではなく、虫垂のない、上腹部、つまり、胃のあるところが、痛むのですね。
ここからは、病態の解説です。
急性虫垂炎は、虫垂の粘膜側から炎症が起こります。つまり、虫垂という管の内側から炎症が起こります。虫垂の血管は、上腸間膜動脈の枝です。胃にいく動脈は、腹腔動脈です。この二つの動脈は、大動脈のとても近いところから、分枝します。ですから、それらにまとわりついて進んでくる神経もほとんど同じところからおこってくる神経といえるのです。それで、虫垂の痛みは、胃の痛みと同じように、上腹部に痛みを感じるのですね。こう言う痛みを放散痛といいます。つまり、解剖学的にないはずところに痛みを感じるのです。
だから、この24歳の女性は、上腹部痛を訴えて、内科の医師を受診したのですね。でも、だから、胃炎だと考えるのは、この女性が考えるのであれば自然ですが、内科の医師までが、胃炎と考えるのは、ちょっと考えものですね。
この女性は、2日目になり、痛みが、右下腹部へ移動してきました。
虫垂の内側から始まった炎症が、外側の漿膜に及んだからです。漿膜とは、腹腔の表面をくまなく覆っている膜です。ですから、そこの痛みは、それがあるところに感じます。これは難しく考える必要はなくて、体の表面の皮膚であれば、皮膚の痛みは、皮膚のあるところの痛みとして感じます。それとまったく同じで、まったくあたりまえのことですね。
ですから、漿膜に炎症が及んで、初めて、虫垂のあるところの痛みとして、感じ始めたのです。こうなると、患者さんもお医者さんも、虫垂炎を疑いだしますね。で、わたしのもとへ、来ることになったのです。
もう一度、戻って考えましょうか。1日目の上腹部痛を訴えて来院したときに、虫垂炎を診断できなかったのでしょうか。実は、出来たと思うのですね。
わたしの経験では、患者さんが、上腹部痛を訴えて来院した時点で、経験ある医師が腹部を触診していたならば、虫垂のある部分に、異常を感知できるのです。異常を感知できれば、詳しい検査をして、虫垂炎をそのときに診断できたと思います。
この24歳の女性は、3日目にわたしの下に来て手術を受けたわけですが、1日目に診断されていれば、薬だけで治った可能性もありますし、手術をするにしても、リスクは、より少なかったろうと思うのですね。
この方は、もう退院で、とても経過が良いから、問題はないのですが、あるいは、このようなことを経てしまう患者さんのうちの100人に何人かは、実際の不利益をこうむる患者さんもいるかもしれませんね。
皆さんも、気をつけて、承知して、診察してくださいね。
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