大腸がん(大腸癌)の話をします。
大腸癌とは組織学的には、腺癌です。ポリープの項でもお話ししましたが、癌といても粘膜内にとどまる癌組織と、粘膜筋板を破って粘膜の下の粘膜下層と呼ばれるところに到達した癌組織とでは、生物学的にまったく異なった振る舞いをします。
簡単に言えば、粘膜内癌は良性の腺腫と同じと考えてください。癌ではないのです。粘膜下層より深く進んだ癌だけ悪性の癌と考えてください。癌という言葉をつかいながら癌ではないというのは、ポリープの項でも話したように、複雑な話になっているのですが、ごく簡単に、粘膜下層以深の癌だけが癌なのだと理解してください。
ですから、もし、あなたが、大腸癌であるポリープを大腸内視鏡検査で切除した場合には、それが粘膜内癌であれば、それで治療は完了です。(取り残しがなければ、の話ですが)
では、大腸癌が粘膜内癌ではなかったけれど、粘膜筋板をちょっとだけ破ってほんのわずか粘膜下層に浸潤しているだけだたら、そういう癌は、癌なのでしょうか。生物の話が、そんなにくっきり、ひとつのところを境に、話が、変わってしまうのかって、信じられないかも知れませんね。いい感覚です。多くの施設で、「ちょこっと粘膜下層癌」は、大腸内視鏡検査で切除した場合、それで治療を終わりにしてもいいのか、あるいは、手術で大腸を大きく取るべきなのか、検討されてきました。そしてその結果は、大腸癌が粘膜筋板を破ったとしても、その距離が1mmぐらいまでなら、現実的には、大腸を手術しなくても、大腸癌は治っているということが分かってきたのです。ですから、大腸癌は大腸癌でも「粘膜内癌」と「粘膜下ちょこっと癌」は癌でないと考えて治療を進めてよいということです。
また、話が複雑になってしまいました。複雑な話をまとめてみます。
1.大腸癌は、大腸癌でも、粘膜内癌は癌でない。日本では癌と呼ばれるが、西洋では癌と呼ばれない。
2.粘膜下層よりも浸潤した癌は日本でも西洋でも大腸癌と呼ばれるが、粘膜下層へちょこっと浸潤した大腸癌は、大腸内視鏡でとってしまえば、結局、粘膜内癌と同じだ。つまり、西洋で癌と呼ばれなかったものと、医学的には同じことだ。
どこまでの、そして、どんなふうな浸潤が、ちょこっと浸潤であるのか。それは、浸潤の深さが粘膜筋板から 1mm とか 0.8mm とかの距離であるといわれるし、大腸癌組織の分化度が低分化傾向(まだ説明していませんね。後で、説明します)がないものとか、いくつかの特徴が言われています。
さて、粘膜下層と呼ばれるところ以上に浸潤した大腸癌は、どのくらい治ったり、治らなかったりするのでしょうか。これは、医療にとってはとても大事な問題で日常的な問題ですから、簡単にどんな医者でも簡単に利用できる方法でわからなければ、実際の診療では役に立つとはいえません。時々、えらい大学のお医者様は、むずかしい方法論を用いて、これを説明しようとします。それを研究ということだと履き違えているのではないかと思うような発言をしている学者様がたくさんいます。でも、その多くは、10年もたつと、学会的に目新しさがなくなって、消えてなくなってしまうような方法なのです。ところが優れた方法というのは、簡単で誰でも理解可能ですから、〔つまり、学者じゃなくても理解できる。極端にいうと、素人でも理解できるもので、学者様の威厳がなくなるような方法なのです。〕
イギリスのDukesという学者の名前を冠して呼ばれる分類法は、至極簡単で、忙しすぎたり、頭がゆるかったりする医者でも理解できる分類法です。大腸癌を割って、横から見て、癌がどのくらいの深さまで浸潤しているか、ということで、形の分類をします。ところが、その「形の分類」が、なんと、治りやすさの分類をも見事の示しているのです。大腸癌が大腸の筋肉の壁(固有筋層といいます)を破っていなければ、Dukes' A と分類し、筋肉の壁を破っていれば、Dukes' B と呼びます。そして、リンパ節に転移していれば、深さに関係なくDukes' Cと呼ぶのです。そうすると、治りやすさ〔生存率〕を予想することが可能で、Dukes' Aは5年生存率で90%以上、Dukes' Bは80%、リンパ節に転移しているDukes' Cの大腸癌でさえ、45%の患者さんが、治るのです。そして、このデータは、抗がん剤が効果的に用いられたとはいえない時代のものですから、抗がん剤が効果的に用いられるようになった、近年では、もう少し、よい結果なのではないでしょうか。
(ところで、本当に効く抗がん剤を、本当にやるべき患者さんに行なうべきで、効かない抗がん剤をやる必要のない患者さんにやっている病院はありませんか?また、その逆もありませんか?)
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