ポリープは英語ではpolypと書きます。複数形はpolypiです。このごろは英米のお医者さんでもpolipsなんて書きますから、どちらでもよくなっているかもしれませんね。イソギンチャクなどを呼ぶポリプと同じ言葉です。(生物学の講義で聞いたことを思い出しましたか。)
英語としては、アクセントは、前にありますから、ポリープと呼んでも英米人には通じません。イソギンチャクで習ったポリプのほうが英語に近い日本語なのかもしれませんね。
とにかく、ポリープという言葉で表現しているのは、出っ張ったものということです。ですから、悪性か良性かなんてことは、この言葉だけからはわかりません。大腸ポリープといわれたら、とにかく大腸にキノコかイソギンチャクみたいに突き出たものがあるのだと、理解してください。キノコはさておき、イソギンチャクには良性、悪性なんてありませんね。
では、「大腸ポリープがあります」といわれたら、次に何を考え、何をしなければいけないか? 言葉の意味にこだわるよりも、何をするのがベストか、ということが大事なのですね。
大腸ポリープの多くは、大腸粘膜から発生した腫瘍です。これに良性と悪性があります。良性のものは腺腫(せんしゅ)と呼ばれ、悪性のものは腺癌(せんがん)と呼ばれます。
ここまで話すと、話は簡単に見えてきそうでしょ。「良性、つまり腺腫だったら、ああーよかった。腺癌だったら、うわぁー大変。」というように反応できれば、本当、話は単純なのですが、実はここからが、複雑なのです。そして、とっても大事なのです。
まず、大腸ポリープの良性と悪性をどうやって区別するのかという大問題です。これが大問題1。
大腸ポリープが悪性だったらどんな治療をするのか、つまり、治るために必要十分な大腸ポリープの治療は何か。これが大問題2。
良性の大腸ポリープはいつまでも、良性の大腸ポリープか?悪性の大腸ポリープになることはないのか?
そして、スタートラインに戻るようだけれど、出っ張っていない大腸ポリープはないのか。つまり、大腸ポリープではない大腸ポリープはないのか?
ああ、だんだん長い話になってきてしまいました。他のホープページのように、1,2枚大腸ポリープの内視鏡写真でも出して、「こんな怖いものがあるかもしれないから、大腸内視鏡検査をしましょう。」というような、子供だましみたいなウェブサイトを書けば、書けるのだけれど、それでは、意味がない。話し方は単純だけれど、本質をついたウェブサイト−これを目指しますね。
大問題1に答えましょう。「大腸ポリープの良性と悪性をどうやって区別するのか。」
まず、大腸ポリープの大きさで区別するのですね。単純だけどこれがかなり、有効なのですね。
キノコのような大腸ポリープ(隆起型)で、直径が1cmになると、10%の頻度で大腸癌細胞が含まれてくるのです。直径2cmになると大腸癌細胞が含まれる率が20%を超えてくるのですね。ですから、大きい大腸ポリープは、放置してはいけないのです。でも、変な言い方をしたのに気づきましたか?
大腸癌細胞が含まれるってどういうこと? 大腸癌になるということではないの?こう思いませんでしたか?
ここで、またもや大問題がおきました。大腸癌細胞があるということと、大腸癌ということは違うのか?ということです。大問題5としましょう。
では、大問題5に答えましょう。
大腸癌細胞があるということと大腸癌ということは違うのです。似てはいますけれど。
もちろん、大腸癌細胞があって初めて大腸癌なのですよ。
癌ってなんだろうというところから、話を始めないとうまく理解できないかもしれませんね。
癌とは上皮性の悪性腫瘍のことなのですが、いくつかの細かいけれど生物学的には本質なことを無視して、簡単に言えば、癌とは、放置すれば、どんどん大きくなって、転移もして、その人を殺してしまうものが癌なのです。途中で手心を加えて、大きくなるのをやめてしまったり、転移しなかったりというものは、癌ではないのです。その本来の意味では、癌がその人の命を奪うまで、それが癌なのかどうか、わからないのですね。
でも、それまで待っていたのでは、治療はできませんね。ですから、なにかよい指標をみつけて、小さいうちに、大腸癌なのかそうでないのか区別するわけです。それを、診断する、とか、鑑別する、とかいうのですね。
さらに大問題5に迫ります。つまり、正常からどれだけ離れた「異形」であるかを、顕微鏡で調べるのがかなり有効な方法なのです。細胞の「異形度」で良性の腺腫の細胞なのか癌細胞なのか判断するわけです。
しかし、そうやって診断した大腸癌細胞であっても、大腸癌細胞の集団としての構造に異形がなければ、大腸癌とはいえないわけです。大腸は固形腫瘍です。血液とは違うわけですから、集団としての異形度というものが問題になり、それが、「構造異形がないと、大腸癌とはいえない」ということなのです。そして、その大腸癌細胞の塊が、大腸の粘膜層というもともと大腸の腺細胞のあるべきところだけにあるのか、あるいは、本来あるべきではない、粘膜筋板の下の層(粘膜下層)に入り込んでいるのかによって、実は、その大腸癌細胞の塊が、命を奪い、転移する大腸癌としての振る舞いをするかどうかが決まってくるのです。これが、大問題1の解答になるのです。同じような「細胞の異形度」、「構造の異形度」−でも、それらがどこに見られるのかによって、現実には大腸癌として振舞うのか、腺腫として振舞うのかが決まっているらしいのです。理由はわかりません。しかし、経験的にそうなのです。経験的にそうだということは、事実がそうだということです。
これが、大問題1の解答です。
そして、そして、さらに話を複雑にしているのは、イギリスのモーソン一派を始めとして、この領域で指導的立場にあった欧米では、大腸癌細胞でも粘膜層の中にとどまっているものを腺腫と呼び、けして、大腸癌といわないことです。つまり、癌細胞でも癌と呼ばないのです。でも、その一部でも粘膜の下の層にもあることがわかると、一転して、それを大腸癌と呼びかえるのです。
一方、日本では、大腸癌細胞の顔かたちをしていれば、粘膜層にあっても、粘膜の下の層にあっても、大腸癌とよびます。日本人から言わせれば、同じ細胞なのに、存在する場所で、癌と呼んだり腺腫と呼んだり、呼びかえるのは、おかしいではないか、という素朴な意見が優勢なのです。そして、そして、日本でも、欧米流に話をするときには、欧米流に粘膜層内にとどまる癌を腺腫と呼ぶ人もいますし、呼ぶこともあります。
だから、この辺の事情をよく知っている人が話さないと、とんでもない間違いがおきかねないのです。大腸に関して素人のドクターが困惑してしまうのは(患者さんではなくて医者が困惑するのですよ!)、このあたりの事情なのです。(困惑するならまだ良いほうで、自分が知らないことを知らないドクターだと、被害は甚大かもしれません。いいえ、正直に言えば、「かも知れません」ではありません。かわいそうな目にあった患者さんを幾人も目にしてきました。)
なぜ、モーソン一派は癌を癌と呼ばなかったのでしょうか。これは、粘膜内の癌は形は癌でも、生物学的に癌として振舞わないから、癌と呼ばなかったのです(これは既に説明したとおりです)。当時(そしていまでも)、癌と名がつけば、イギリスの外科医は手術をしないでも治るものに対して、大きな手術をしてしまうかもしれないから、癌と呼ばなかったのだと、言われています。モーソンは自分が使う言葉で、安易に間違った治療がされないように、癌を腺腫と呼び変えて、診断していたのですね。優秀でやさしいドクターだと思います。モーソンは顕微鏡を覗いていながら、患者を前にした臨床家に治療方針のメッセージを送っていたのです。ただ、診断するだけでなく、メッセージをおくる、これは大切なことです。(もっとも、もう、モーソン一派などという呼称は死語になっていますね。若い大腸外科のドクターは、こんな言葉を知らないかも知れませんね。しかし、これは重要な歴史的事項です。)
でも、日本では、大腸癌として振舞わない大腸癌細胞の塊を「大腸癌」と呼んでいます。その理由のひとつは既に書きました。見た目に、それらの細胞は同じだからです。そして、もうひとつの大きな理由は、おそらく、日本の外科医はイギリスの外科医より優秀で粘膜内の癌細胞を粘膜癌と呼んでも、治療方針を間違えない。つまり、きめの細かな診療をすることのできる優秀さに対する自負に起因していると思います。でも、大腸の癌のそのような事情に精通していなければ、間違いを起こしやすいのです。実際、日本でも間違いが起こるのです。すべての医者が大腸癌の専門家ではないのです。医療は学問ではないのですから、優秀でない医者でも混同しないような単純さが、求められるのではないでしょうか。
僕たち医者は、バカで愚かで、そう、昔、外科医と床屋がかねられていた時代となんら変わらないのだということを自覚することが必要なのではないでしょうか。一部の優秀な外科医とカリスマ美容師だけが、すべての患者を治療したり、すべての髪を刈ったりしているわけではないでしょ。
さて、これで、大問題1にもかなりの部分、答えたことになったのではないかと思います。でも、まだ、十分ではないですね。どうやって、粘膜内癌か粘膜下層の大腸癌か区別するのでしょうか。顕微鏡で見ることがひとつの方法であることは、上に、述べました。でも、顕微鏡用の組織をとる前に、わかる方法はないのかって? あります。それは、触れれば、経験豊かな人の指の感触で、、、、これが、かなりの威力を発揮するのです。でも、これは、指が届く直腸の場合だけに限られます。また、レントゲン検査での壁の変化、それから、内視鏡検査での形の特徴、そして、拡大鏡による観察での表面の腺口の形態など。
でも、それらは、複雑な話、また、別の機会に詳しく述べましょう。
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